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2011/12/3 「レキシントン幽霊」 村上春樹 文春文庫

レキシントンの幽霊 (文春文庫)

レキシントンの幽霊 (文春文庫)

村上春樹の本は何冊か読んだことがあるが、短編集は初めてだった。
7つの短編が収録されており、どれも30分あればすぐに読めてしまうような短いものだった。

面白かった。まさに「堪能する」と言う動詞が良く当てはまるように読書が楽しめた。

今まで読んだ村上春樹の本は、全て長編なのだが、「ノルウェイの森」はすごい引き込まれたのだが、読後感が半端なく、1日をボーっと過ごしてしまうような衝撃を受け、「海辺のカフカ」はなんだか難しく、大人になったらまた読もう、みたいに思った覚えがある。

性の描写が過激だな、と今までの数少ない村上春樹の本を読んだ経験上の先入観を持っていたが、この短編集に関してはそこら辺の描写はほとんどなく、あまり好き嫌いの別れることのないような本だと思う。

はずれが無かった。最後に大どんでん返しがあるわけでもなく、ラブストーリーがあるわけでもないのに、本当に読者を惹きこませる。
不思議な世界と言うか、文学的世界と言うか、全く違う世界に完全に引き込まれました。

全ての作品は、80年代から90年代半ばに書かれたものでそれを村上春樹自身が選んで収録したものらしいです。




レキシントンの幽霊
いったいなんだったのだろう?というお話。
ただ全く不快感はなく、不思議なお話しという、そして現実の世界って何なんだろうと思わせられる作品。

現実の方がつまらない、嫌な事があるとどこか違う世界に逃げてみたくなる。でも実際そんなことはできず、今でもただ生きている。

そんな人を、当事者ではない他者の視点から見ている。

そんな作品。

冒頭の物語の導入部分がまたリアリティを出している。





「緑色の獣」
自分の庭の椎の木の根元から、緑色の獣(怪物?妖怪?)が出てくると言うお話。
その獣はある人間の女性に昔から惚れていて、ある日出てきて思いを告げる。

その女性の視点で物語は語られていて、結局は思いは通じない。その人間の女性の心理と、緑色の獣の心理、そしてその緑色の獣の醜い姿の描写。

つかみどころ無い、不思議な話だった。でもどことなく悲しい。

なにか大事なことを忘れている?考えていない?

もしかしたら分かり合えるんじゃないか?でもそんなに簡単じゃないことは分かっている。


童話みたいな話だった。




「沈黙」
メッセージ性の強い作品だった。今の世界に当てはめるのであれば、“風評被害
情報が怖いんじゃなくて、本当に怖いのはそれを真実だと決め付ける、我々大勢。
書かれたのは80〜90年代だが、今回の3.11後の放射能などの風評被害にもつながるメッセージ。同じ問題、課題がずっと変わらずこの世にはあるのだなと思い知らされる。

内容としては昔少しいじめられた(そんなにひどくは無い)男の語りがほとんどを占めている。
いじめと言うか、変な噂を流されるという攻撃かな。

最後の文から抜粋、、

“でも僕が本当に怖いと思うのは、青木のような人間の言いぶんを無批判に受け入れて、そのまま信じてしまう連中です。自分では何も生み出さず、何も理解していないくせに、口当たりの良い、受け入れやすい他人の意見に踊らされて集団で行動する連中です。彼らは自分が何か間違ったことをしているんじゃないかなんて、これっぽっちも、ちらっとでも考えたりはしないんです。自分が誰かを無意味に、決定的に傷つけているかもしれないなんていうことに思い当たりもしないような連中です。彼らはそういう自分たちの行動がどんな結果をもたらそうと、何の責任も取りやしないんです。・・・略・・・”

「沈黙」と言うタイトルをつけた意味が初めてここで、痛いほど分かる。痛烈な村上春樹の攻撃は、時代が変わっても、この世界に響いています。




「氷男」
氷男という謎の男と彼を愛した一人の女性の物語。愛、孤独、がテーマかな。
ただ少し難しい。話自体は読みやすいんだが、どんなメッセージがあるのか読み取りづらい。メッセージがあるものだと考えているのが間違えなのか。もしかしたらこの不思議な物語は、難しいことをあまり考えず、そのまんま受け入れて、不思議なこの男女の物語を堪能するのが正解なのかもしれない。

でも面白かった。最初のほうの書かれていることは幸せなことなのに、どこか嫌な予感を感じさせている所とか、すんなりいかないな、と思わせているところがとてもこの作品に引き込まれる要因だと思う。



トニー滝谷
これも愛、孤独、がテーマな気がする。
ひとりぼっち、孤独、欠落感、がとてもリアルに描写されていて、その文章が自分にものすごい勢いで迫ってくる。
良く考えると、その孤独とか、人間関係の希薄化というのは現代の社会問題であり、その問題に対するメッセージなのかもしれない。僕のような平成生まれにはそれが当たり前だが、「氷男」と「トニー滝谷」が書かれた年代を考えると、その問題が表面化してきた時代なんじゃないかな。
数少ないあなただけを。たった一人あなただけを。でもその唯一の人がいなかったら完全に一人。その一人を失うことで孤独になるのは分かっている。それが怖い。でもどうすることもできない。

一人になりたくない!孤独になりたくない!

現代人の心の叫びを聞く思いがする。

人間関係の希薄化がもたらす凍りつくような孤独感を「氷男」で表しているんじゃないか、ということを「トニー滝谷」を読みながら思った。つながったというか、「氷男」と「トニー滝谷」はセットで考えるといいのかもしれないな。





「7番目の男」
話はある男の語りで進行する。その男がどこで語っているのか、そもそも何の会であるのか、全くの謎の状態で“7番目の男”は語り始める。

これも感想を実際に文章にするのが難しい、、、

一瞬の思い違いから、大事な親友を悪夢の原因としてしまって、本当は良く考えれば分かることなのに、その真実に背を向けてしまい、向き合おうとすることをしなかった。

そんなお話。

難しいが、メッセージ性は強く、そして心に響く。迫ってくると言う表現がぴったりかもしれない。
ただ僕の文章を書く能力を考えると、もう無理だーーー


恐怖に目をつぶって、背を向けてしまうことが何よりも一番怖い。全てを犠牲にしてしまうかもしれない。
“7番目の男”はそのことに気づき、そのことを通じて、村上春樹は読者に思いっきりメッセージをぶつけている。そんなイメージです。




「めくらやなぎと、眠る女」
何気ない日常と、それに絡ませるように主人公の回想により物語が構成されている。
割とのほほんとした物語なのだが、ところどころにその“のほほん”を許さない現実の社会の荒波が見え隠れする。
主人公は時々それに気づくのではないだろうか。何も変わらない自分の部屋だったり、変わりすぎている地元の風景だったり、会社を辞めて地元に居座ってしまったり、と言う所から社会の強い流れを強烈に意識するようになる。
そして途方に暮れそうになるときに、耳の不自由な従兄弟や回想シーンが助けてくれる。

そんな読み方をしました。



また村上春樹の本は読もうと思う。正直な所、僕の読解能力ではこれだけでは分からない。
ただこの不思議な物語をただ読むだけではもったいないというのは確かだと思う。

だからこそもっと村上春樹の本に触れて、色々考えてみたいと思う。
不思議な世界に入り込んで、色々考えたい。色んなメッセージを受け取りたい。

そんでまたこの本を手にとってみたいです。